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入荷中 源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B 和書

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メーカー 6ee266ad 発売日 2025-05-29 16:50 定価 25000円
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入荷中 源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B 和書

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_画像1 源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_画像2 源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款 閉じる

不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_「心寧累自息」漢文・白楽天 閉じる

「心寧累自息」漢文・白楽天

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_仙台藩医・木村寿禎の落款 閉じる

仙台藩医・木村寿禎の落款

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_原本の断層画像写真 閉じる

原本の断層画像写真

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_澪標・俵屋宗達・筆 閉じる

澪標・俵屋宗達・筆

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_澪標・俵屋宗達・筆(拡大) 閉じる

澪標・俵屋宗達・筆(拡大)

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_源氏の君の住吉参詣 閉じる

源氏の君の住吉参詣

源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻・大炊御門宗氏・自筆・茶道23B_源氏の君の花散里への訪問 閉じる

源氏の君の花散里への訪問

令和6年から「源氏物語」の作者・紫式部をモデルにしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されております。大鎧着初式 市岡太次郎。

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「澪標(みおつくし)」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。■日蓮聖人 涅槃図 (入滅図) 版木 & 木版摺り(4束200枚)当時物■日蓮上人 南無妙法蓮華経 木版画■仏教 佛教 美術■。

原文は「源氏物語・澪標の巻」として美しく描かれている

自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。エフ・ビー・マイヤー著 エフ・ジー・ハリントン訳『忠義なる家宰』明治30年 基督教書類会社 明治時代のキリスト教書。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。井上士朗短冊 あくまでも… 井上士朗。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。軍事資料 兵営図 銅版画★「近衛歩兵第三連隊真景」明治31年11月発行 明治18年設置 最終スマトラにて軍旗奉焼 貴重品。現在の今上天皇と系譜がつながっている。竹林派弓術集要/射術之部・射礼之部・総説・七道概論・射術細論・遠的概論・繰矢前・指矢前/日置流竹林派は特に堂射射法に優れる/絵入和本。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。☆E0217和本江戸嘉永5年(1852)実録写本「敵討唱几ケ辻」天地人3冊揃い/古書古文書/手書き/出羽国平鹿郡樽見内村(秋田県横手市)。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。増廣名家画譜 芥子園画傅 唐本漢籍 線装本 原書 検索:古籍善本 木刻本 木版画 排印本 武英殿本 聚珍版 宋版 彫版 支那 花箋 筒子頁 玉扣紙。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。伊達千広『大勢三転考』(全3冊揃)明治6年序刊 明治時代和本 国学者・紀州和歌山藩士の歴史書 古代から江戸幕府成立まで 日本史論書。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。★0015和本明治3年(1870)跋富士講「食行尊師不尽道歌三十六首解」全1冊/咲行三生/食行身禄/不二道/実行教/古書古文書/木版摺り。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。森春濤著 森川竹編 依田學海序『春濤詩鈔』(全6冊揃)明治45年文会堂書店刊 漢詩集 明治時代和本 森春涛。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。1916年 茶室庭園画帖 検索:茶道 茶会 露地 茶庭 茶事 蹲居 湯桶 石灯籠 飛石客石 手燭 踏石 御影石 不審庵 今日庵 妙喜庵 蜜庵 夢境庵 竹垣。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。甲賀流忍術概略/甲賀流忍術屋敷/木村利一/忍術/甲賀流の発祥地/忍術は何頃から始まったか/往古の甲賀武士/武将と甲賀武士の縁組。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。即決1715(正徳5)年『和漢三才図会 武蔵、相模、伊豆 巻67』アンティーク江戸期和本寺島良安、日本地図、社寺仏閣、東京、神奈川、伊豆。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。古刀銘尽大全/古刀銘盡大全・8冊/仰木伊織/初心目利手引焼刃部類分・鍛冶系図・番鍛冶・刀剣見様之事・焼刃忠押形並彫物・中心銘押形。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。希少 初版 昭和14年【 兩國の秋 綺堂讀物集 】両国の秋 岡本綺堂 新編半七捕物帳 白蝶怪 シミシワ破れ劣化カビあり ボロボロ。また、各巻ごとの書かれた年については不明。鈴木万年『古代模様 やちぐさ 全』明治23年 文求堂蔵版 染織図案集 木版画譜 古美術品文様集 明治時代和本。従って、応永五年とは、書き始めの年である。平部喬南『日向纂記』(全8冊揃)明治18年 荒武純太郎刊(宮崎県南那珂郡楠原村)明治時代和本 日向国史料 宮崎市 日南市 串間市資料。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。鹿児島湾絵図 (仮題) 愛知県 大村氏書之。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。窪田空穂歌幅 東山寺々に… 窪田空穂。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。福井藩松平家旧蔵書 浅見絅斎『靖献遺言講義』(上下巻揃)寛延元年 風月堂荘左衛門刊 中国名士列伝 江戸時代和本。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門(おおいみかど)」を称する。纂図附音増広古註千字文 李邏。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。小濱藩儒者奉行 山口春水書状 越前町/次郎兵衛 春水/花押(花押は印)。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。絵図 (城郭図) 山形県 出羽國 山形城 歴史資料 帳仕立て (レターパックライト発送)。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。1点限り!!■明治35年 ちりめん本 「団子をなくしたおばあさん」 No.24 ラフカディオ・ハーン (小泉八雲) 長谷川武次郎 弘文社 英語版 和書。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。『丸山家某家 所藏品入札目録』全328品〔紙本肉筆真作〕/検:鉄斎 刀剣 前茶 桂軸。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。自然成道私記・胎灌頂私記 文安二年・文安三年寫 上州新田庄世良田山/長楽寺/金剛舜明(金資舜明)記。

 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。吉行淳之介 詩集 吉行淳之介。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。橘守部『心の種』(全3冊揃)天保7年序 岡田屋嘉七他刊 江戸時代和本 歌学書 国学者 和歌論 歌論書。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。BB-4254 ■送料無料■ 正チャン文庫 ズク小僧 悪魔王退治他 読物 本 冊子 古本 古書 挿絵 大正 80g 印刷物 ●13冊 ●汚れ&破損有/くKAら。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。絵図 (城郭図) 茨城県 常陸國 下館城 歴史資料 帳仕立て (レターパックライト発送)。


 出品した「源氏物語」は澪標(みおつくし)の内容の要旨
「澪標の巻」は、『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。『再板絵本初心柱立』(全3冊揃)寛政6年 今井七郎兵衛他刊 江戸時代和本 動植物を描いた博物画譜 博物図譜 博物学。第14帖。諏訪藩(高島藩)武鑑 肉筆 文化頃記。源氏の君が都へ戻った翌年の2月、朱雀帝が譲位し、冷泉帝が即位した。赤復得楽帖   ◆貴重 /古書画。11歳になった冷泉帝は、年齢より大人びて源氏の生き写しのような美しさであった。寛政・嘉永 水場の定 2枚で。源氏の君は内大臣となり、政界は源氏の君にとって追い風となる情勢であった。藤井高尚『大祓詞後々釈』永田調兵衛刊 本居宣長の祝詞注釈書『大祓詞後釈』を補正した江戸時代和本 神道資料 国学者。親友の頭中将も、権中納言に昇進し、12歳になる娘を入内(帝の妃となるため後宮―妃たちの御殿―に入ること)させようと大切に育てていた。名古屋市西区最新地図 西区役所編刊。二条院で源氏の君の帰りを待ちわびていた紫の上への思いもあり、内大臣という立場も重なって、源氏の君は以前のように軽々しく恋人のもとへ出歩くこともできなくなっていた。杉田三郎助編『雲烟供養図録』(全4冊揃)明治12年後跋 蓬莱山堂蔵版 煎茶会図録 京都の古美術商山堂杉田竹香追善供養 煎茶道 中国文化。その秋に、源氏の君は住吉にお礼参りのため参詣した。箋注倭名類聚抄・10冊/狩谷えきさい/明治16年/辞書研究史上の白眉・倭名類聚抄を底本とし各項目に和漢の古書を引用して考証を施したもの。偶然にも明石の君も参詣に来ていたが、源氏の盛大な行列に気後れし、身分の差を感じながら遠くに源氏一行を眺めるだけであった。図形璽印彙 印譜 金石篆刻 朱印存 書道 封泥 雅印 遊印 雅号印 石鼓文 篆印 官印 私印 将軍印 落款印 支那 唐本漢籍 呉昌碩 鄧石如 斉白石。このことを知った源氏は、歌と慰めの言葉を送った。馬術警策/露国陸軍少将・マホチーヌイ陸軍少将・高須治輔/明治18年/馬の外形・馬の取扱法・粗悪製の蹄鉄・内部疾病・外部疾病・騎馬行態度。源氏は斎宮への未練を感じつつも、御息所との約束を守り斎宮を自らの養女に迎える。『世継物語』河内屋八兵衛刊 江戸時代和本 和歌を題材にした中世説話集 平安時代和歌文学 栄花物語 宇治大納言物語。朱雀院から斎宮を妃にとの要望が来ていたが、源氏は藤壺の助言を得て、斎宮を冷泉帝へ入内させることにした。『増広四書題鏡味根録』(全8冊揃)中国上海刊 唐本 漢籍。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)

「澪標(みおつくし)」自筆原本の上部には、「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。不盡谷口傳(富士谷成章)吉川彦冨・山口高端筆受『かざし抄』(上中下巻 合本全一冊)明和4年序刊 江戸時代和本 国文学 挿頭抄。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。傍訓図解・銃猟新書・明治31年/傍訓図解・猟銃新書・続編・金丸健二郎商店の海山猟夫十文字信介・明治25年/日本初の猟銃指南書/村田銃/2冊。この言葉は、「澪標」の巻の原文には「みつからも、もて離れたまへるすちは、さらにあるましきことと思(おほ)す」とある。絵図 (城郭図) 奈良県 大和國 高取城(レターパックライト発送)。原文の意味は、明石から帰京した源氏の君は政界に復帰したのち、東宮が冷泉天皇に即位する。古筆了仲編『紫巌印章花押譜』江戸時代和本 大徳寺歴代高僧の印譜集 仏教書 仏書 臨済宗 禅宗 禅僧。源氏の君は、冷泉天皇の父として太政天皇に即位する。虜愁記 直木賞 千葉治平。源氏の君は望外の喜びとし、ご自身としてもおよびもつかぬ帝の父としての位に至るなど、あり得べからざることと思うと同時に「心が安らかであれば、それまでの煩悩が消えていた」という意味である。津阪東陽(津阪孝綽)『古詩大観』(全2冊揃)文政12年 彙文堂書店刊(京都) 明治時代和本 漢詩註釈書。篆書印の詩文は、この原文と白楽天の心情を重ね合わせたものと推定される。文政武鑑 新板改正 全4冊 須原屋茂兵衛版。紫式部が「澪標」を書くに際し、白楽天の漢詩を読み理解し共鳴していることがよくわかるし、篆書印を押捺した人も白楽天の漢詩に精通していたことを伺い知ることができる。日本書画落款印譜・4冊/杉原夷山編纂/大正8年/古今書画名家の名字・落款・花押等を蒐集しかつその略伝を加えたもの/北斎・永徳・良寛。詳細な理由は下記説明欄に記載(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。姑獲鳥の夏 京極堂BOX 魍魎の匣 魍魎の箱 クリアファイル 黒木瞳 椎名桔平 原田眞人 送料無料。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻》
「澪標」の巻は英文で「Channel Buoys」と表記されます。中要秘胆弓要集/射形極意秘伝目録/弓道書弓術書・肉筆/文政五年/和装本。
《自筆上部の「澪標(みおつくし)」自筆原本の上部には、「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。◆江戸時代 天保九年 婚礼百人一首倭織 女大学宝箱 教科書 長代大雑書万暦大成 易学 人相学 占い本。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。石原悌介撰 井上玄長校『蘭薬手引草』弘化2年序 博愛堂蔵板 江戸時代和本 西洋医学書・薬学書 蘭学 蘭方医学。この漢詩は白楽天の「文集」の中の有名な一節です。【希少/除籍本】江戸時代書林出版書籍目録集成 3冊セット 井上書房 和書/古書/慶應義塾大学付属研究所 斯道文庫編【ta01c】。》

「額縁入自筆原本」

(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。勢州阿濃津之城図 (津城) 三重県津市内。)

「自筆原本」

自筆右下の印2つは、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子・と娘の幾千姫(玉映)の落款。@宋拓 雁塔聖教序 遂良 有正書局 検:碑帖 本拓本 墨拓 原拓片 碑刻 法帖 珂羅版 支那 法書道 善本 篆刻 旧拓 印譜 唐本 漢籍 王羲之 趙子昴。

自筆上部の「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。和州法隆寺藏 上宮太子像左右御子 聖徳太子二王子像 天保八年寫。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。高木文草稿 賜架書屋筆乗 高木文。この漢詩は白楽天の「文集」の中の有名な一節です。日置流・竹林派・巻物4本/寛永十酉年・鳴弦神秘・日置流射形一巻目録・長さ約5m・10m・15m・16m。

《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。流星の道 (歌集) 与謝野晶子。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。呉昌碩 石鼓文 検:碑帖 拓本 墨拓片 原拓 漢碑刻 法帖 魏碑 珂羅版 支那 銘文 法書道 善本 篆刻 印譜 唐本 漢籍 王羲之 青銅器 金文 鐘鼎文。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。アンティーク、天文暦学書、星座図絵、星座早見盤、江戸期和本1699(元禄12)年『古暦便覧備考全4巻』授時暦、陰陽師、卜占、古暦、江戸暦。


《「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻》
原文には「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。★希少★表紙ちりめん装丁「SWORD&BLOSSOM POEMS」(剣と花)三巻揃 無双帙付 彩色木版画入/古書 古文 挿絵 浮世絵 錦絵本 版画 送料無料!。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。聖書講義Ⅰ~Ⅷ 全八巻揃 岩波書店 矢内原忠雄 送料無料。この漢詩は「白楽天の文集」に由来するものです。塚本邦雄歌幅 雲雀童子の歌 塚本邦雄。》

「かす(数)ならてなにはのこともかひなきになとみをつくし
おも(思)ひそめけん」たみのゝしま(島)にみそきつか(仕)う
まつる御はらへのものにつけてたてまつ(奉)る。【稀少!江戸期流麗・繊細多数絵入古書】永平寺開祖來傳 珍品検武将武者木版画浮世絵仏教禅宗道元曹洞宗絵本公家武家僧侶甲冑絵本骨董書籍。
日く(暮)れかたになりゆく。昭和11年 帝国書院 国漢参考図録 検索:武道 武具 装身具 馬具 兵器武器 剣術 剣術 武鑑 兵書 戦陣 甲冑 鎧兜 弓箭 弓道 支那 武士道 殺人剣。夕しほ(潮)みちき(来)て、
入え(江)のたつもこゑ(声)おしまぬほとのあはれなるお(折)り
からなれはにや、人め(目)もつゝますあひみ(見)まほしくさへおほ(思)さる
。★0350和本江戸元治元年(1864)宗門人別改帳「河州古市郡大黒村宗旨御改帳」1冊/大阪府羽曳野市/古書古文書/手書き。「つゆけさのむかし(昔)にゝ(似)たるたひ(旅)衣たみのゝしま(島)の
な(名)にはかくれす」みち(道)のまゝに、かひあるせうえう(逍遙)
あそひのゝしり給へと、御心にはなをかゝりておほしや・・・《る》


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。茶湯弊帚記 全六巻・附録巻揃 松尾流茶道 松尾宗二述 享保七年壬寅仲夏序。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。大洋・53冊・戦時資料/昭和15年から昭和18年/海軍航空隊特集/無敵潜水艦特集号/決戦の焦点ラバウル特集/山本五十六元帥追悼/比島決戦特集。


《「源氏物語」澪標(みおつくし)の巻》

《東宮(皇太子)が冷泉天皇として即位、源氏の君内大臣に昇進》
《予言通り、源氏の君と明石の姫君の間に姫君が誕生》

《藤壺の中宮・出家の身であるため冷泉天皇の母であることから皇太后に準じる待遇を受ける》
《源氏の君と明石の君、それぞれに大願成就を感謝し住吉神社に参詣する》

《女君(明石の君)のほうでは、君(源氏の君)の一行が駒を並べて
お通り過ぎになるにつけても、心が波立つばかりだったので、
ほんの一言のお便りではあるけれども、まことに心にしみてありがたく
思わずにはいられず、泣けてしまうのである。書畫大観 乾・坤 書画大観 大正6年発行 ※状態難あり 大型本4冊/小冊子1冊 計5冊。》・・・・・
(明石の君)「人数(ひとかず)にも入らぬ身の上で、何の生きるかいもないこの私なのに、
どうして身を尽して君(源氏の君)を思いはじめてしまったのでしょう」
君が田蓑(たみの)の島で禊(みそぎ)をお勤めする、その御祓のための
木綿(ゆう)につけてこの歌をさしあげる。名臣言行録 前後集 合本3冊 宋朱晦菴先生 朱熹撰。日も暮れ方になってゆく。完品 森鴎外 大村西崖『審美綱領』(全2冊揃)明治32年春陽堂 初版本 エドゥアルト・フォン・ハルトマン原著「美の哲学」編述書 明治文学。
夕潮が満ちてきて、入江の鶴も声を惜しまぬ哀感に富んだ折だからであろうか、
人目もはばからず逢(あ)いに行きたいものとまで、君(源氏の君)はお思いになる。李園主人序『湖月百人一首操庫 全』天保8年甘泉堂梓 江戸時代和本 彩色木版画口絵2面入 源氏物語五十四帖図ほか。
(源氏の君)「涙の露に濡(ぬ)れているわたしの旅衣は流離の昔に似ている。二条良基問 頓阿答『愚問賢注』寛永19年 武村市兵衛刊(京都)南北朝時代の歌論書 和歌問答 江戸時代和本。
田蓑の島というけれども、それは名ばかりでこの身は隠れず涙の雨に濡れている」
 君(源氏の君)は、住吉参詣を終えて、京にお帰りの道々、おもしろい遊覧を
なさって管絃(かんげん)の遊びをにぎやかになさるけれども、やはり明石の君のことが
お心にかかって思いをお馳(は)せになる。噫山本元帥/大本営海軍報道部推薦/昭和19年・10000部/米内光正・鈴木貫太郎・文/大東亜戦争海軍作戦記録画・藤田嗣治/山本元帥写真伝。

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。質物台帳 8冊一括 能味力之助(秋田県仙北郡大曲町) 明治大正 大曲警察署 風俗資料 質屋 質札 自筆 肉筆 日記 帳簿 骨董品。




(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。古沢岩美 裸婦賛 限定250部 著者用 洋画家 豆本 蘭繁之 木版画 装丁家 詩人俳人 作家 造本 立川広己 福沢一郎 麻生三郎 初版 書票家 美術会。


《Channel Buoys (澪標)》
A line of horsemen was just then passing by.
This was her reply, to which she tied sacred cords
for the lustration at Tamino:
"A lowly one whose place is not to demand,
To what purpose, at Naniwa, should I cast myself in?"
It was evening, and the scene was a lovely one, with the tide
flooding in and cranes calling ceaselessly from the shallows.
He longed to see her, whatever these crowds might think.
"My sleeves are wet as when I wandered these shores.
The Isle of the Raincoat does not fend off the dews."
To joyous music, he continued his round of the famous places,
but his thoughts were with the Akashi lady.


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward George Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)



(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。1925年 王陽明 傅習録 新学会社 漢文 古籍 唐本漢籍 上下2冊 検索:支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 内府。


《航(澪標)》
正在此,忽接来。唐本漢籍 海上名人画譜 芥子園画傅 検索:支那 山水画 仕女図 折扇面 唐画冊 玉扣善本 木版刷 木刻 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝 内府。然寥寥数,亦甚可喜慰,
感激之余,流下泪来。平野謙草稿 「日野啓三の時評」 平野謙。便答云:
“我身无足道,万事不随心。心理応用・魔術と催眠術/長春園主人著/明治36年/心理学上精神作用の試験をなし心理学の発達進歩を図りその真理を発見せんとするにあり。
得通情,君舍此身?”
把附在在田蓑上祓禊当作供品用的布条上,
交使者呈公子。土地 武者小路実篤 岸田劉生装幀。日色暮,潮上。鉱業家要覧 大正4年 地質学 鉱物学 戦前明治大正 古書和書古本 N。
海湾里的引,其声清,催人哀思。江戸後期刊 五大尊種子 薬師十二神将/古文書 仏教美術 五大明王。
源氏公子感之余,几乎想不避人目,前去与明石相会了。松浦辰男(萩坪) 『芳宜の下葉』明治27年 宮崎八百吉刊 平田神道を学んだ国学者 桂園派の歌人。
便道:“青衫常湿透,犹似旅中情。写本 新保磐根序「八日子之舎記」嘉永元年序 新潟県弥彦村「彌彦神社」祠官鈴木嘉内旧蔵書 神社 神道 国学。
道田蓑好,此蓑不掩身。洋学指針 蘭学部 尾張/柳河春三著。”
回京一路上逍遥游,但心中念念不忘明石。西国三十三所・観音御詠歌略註/山田意斎叟述・宮田翠竹斎画/明治32年/観音経・観世音詠歌/和装本。


中国訳文の出典:『源氏物語(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「澪標の巻」原本の末尾(原本番号36-A)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印

左の写真が「源氏物語」澪標の巻の末尾(原本番号36-A)の押印。原在泉『在泉習画帖』明治22年 田中治兵衛刊 木版画譜(絵手本)有職故実を能くした京都府画学校教授・日本画家 明治時代和本。
写真左下の角印が仙台藩の家紋印(竹に雀)
家紋印の上の2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)。珂羅版 皇甫君碑 南宋拓本 玻璃版 澄観閣 検:碑帖 墨拓片 原拓 書法帖 北魏碑 支那 法書道 善本 篆刻 印譜 唐本 漢籍 王羲之 石門頌 楷書。冬姫は内大臣・通誠の養女。Y-0641 犬養木堂 注記本 古今鍛冶備考 3巻セット 雄山閣 昭和50年 山田浅右衛門 福永酔剣 限定500組。
冬姫は通称。新方丈記 内田百閒。正式な名は伊達貞子。1849年 英雄百人一首 嘉永2年 検索: 武道 武具 装身具 北斎 兵器 武器 刀剣 刀術 国芳 兵法 兵書 豊国 甲冑 鎧兜 弓道 支那 武士道 殺人剣。
上部には、「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。柳原白蓮歌 名取春仙画幅 おもひきや… 白蓮画賛。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。田能村小斎 (田能村順之助) 編『直入翁寿筵図録』(全3冊揃)明治14年赤志忠雅堂刊 田能村直入煎茶会図録 木版画挿絵多数入 明治時代和本。
篆書体右の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・玉映の落款
右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。王羲之 快雪時晴帖 珂羅版 書道法帖 中華民国 検索:泰山金剛経 支那 印譜法書 金石篆刻 呉昌碩 拓本 摩崖石刻 羅振玉 黄庭堅 趙子昴 玻璃版。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)
(奥書は、令和2年11月29日に蔵の中の桐箱から発見されたものです。☆E0225和本江戸慶応3年の書き入れ「新撰年表」全1冊/佐倉順天堂/清宮秀堅/蘭学/古書古文書/木版摺り。)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。佐藤元伯(佐藤信景)著 佐藤信淵校『山相秘録』(全2冊揃)明治9年 明治時代和本 江戸時代の鉱山書 金山 銀山 銅山など。



(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。はつぞら (俳諧) 佳雄編。筆者は近衛関白政家公。富士谷御杖『俳諧天爾波抄』(全6冊揃)文化4年刊 俳諧文法書 江戸時代和本 富士谷成章の子 国学者。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。1929年 支那 古建築 検索:生写真 佛塔 秦磚 漢瓦當 拓本 碑刻 牌楼 牌坊 箭楼 北平 満洲 清国 龍門石窟 故宮 道観 敦煌 北魏造像 行宮 寺廟。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。信濃英傑 佐久間象山大志伝 上下合本 明治15年 YAA1816。左の写真は、桐壺の巻の奥付。橘守部述 橘冬照撰『助辞本義一覧』(全2冊揃)天保12年須原屋茂兵衛他刊 国学者 国語学書 江戸時代和本 本居宣長批判書。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。漆器 木竹 螺鈿 図案 文様 紋様 図録 平脱 金銀絵 末金鏤 漱金 透漆 図様 彩漆 原色版 塗金 洒金 装飾 彫塑 蒔絵 沈金 蒟醤 彫刻 堆朱 鎌倉。上下2段の花押のうち、上の印は。蘇東坡 赤壁賦 検索:柯羅版 玻璃版 原色 支那 原拓片 北魏碑帖 法帖 法書道 印譜 漢籍 善本 古墨拓 碑刻石 瓦当 金石 篆刻 唐本拓本 王羲之。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」


(出品した自筆の「断層画像写真」(澪標の巻)MRI 14―23B
自筆下二つの印のうち下は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」、上は娘の幾千姫(玉映)の落款


「源氏物語」「国宝・囲碁をする今上帝と薫の君」の資料

下記写真は、源氏の君の住吉神社への参詣。岩波其残撰評点印句集 信州諏訪俳人。娘の明石の姫君が将来の帝の后となるべく願いの願ほどきに参詣する


上記絵巻は、源氏の君の住吉参詣。@満洲 事変時 資料 検索:支那 朝鮮 台湾 関東軍部 総督府 国民党 張作霖 張学良 満鉄 奉天 抗日 日中戦争 蒋介石 GHQ 禁書 生写真 古地図。襖絵は俵屋宗達




「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」



1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。児玉果亭揮毫 田近竹邨序「小坂芝田印譜集」明治43年序 芝田艸堂刊 明治時代和本 落款 篆刻。



大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。師語録 上下巻各二巻 寫本 曲直瀬道三著。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。零本 便々館琵琶麻呂撰 歌川貞景画『狂歌芸藍百人一首』天保3年/榎樹園蔵板か 6丁目まで存 江戸時代和本 絵入狂歌本。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。国文参考図鑑 検索:武道 武具 装身具 馬具 兵器 武器 刀剣術 装束 剣術 朝服 兵法 武家 女官 戦陣 甲冑 鎧兜 弓箭 弓道 支那 武士道 殺人剣。

漢詩文原文上部には「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。※企救乃濱松 小林愛宕喜寿祝歌集 筑前遠賀郡香月村生福岡県小倉酒造業屋号岩田屋安左衛門氏妻 二條基弘千家尊福下田歌子物集高見等献歌。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。1939年 古今刀剣のしるべ 2冊揃 検索:武器 兵器 日本刀 剣道 武道 武具 馬具 装身具 弓箭 弓道 武士道 甲冑 殺陣 戦陣 刀鍔 範士 兵法 傅書。紫式部が「澪標」を書くに際し、「白楽天・漢詩集」の漢詩を熟読したうえで「源氏物語」の「澪標の巻」を書いていることがわかります。豊明り 可都美序 俳書。この原詩の言葉の引用は、「澪標の巻」に用いられていることで広く知られている。本朝武芸小伝・干城小伝/大日本武徳会/兵法・諸礼・射術・馬術・刀術・槍術・砲術・柔術・日本武芸列伝として最古のものである。紫式部がこの原詩に親しんでいたことがわかる。Glp_339325 故実叢書 武家名目抄 職名部 巻一~巻九 塙検校保巳一.編/今泉定介.編。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。『写景学講本』明治時代和本 石版画20枚入 西洋絵画法 図法幾何学 透視図法 透視法 画図教科書 西洋絵画 洋画 デッサン 素描。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。美濃国絵図 (大図) 制作者等不明。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。実戦刀譚/日中戦争軍刀修理班・成瀬関次/昭和16年/日本刀・軍刀の実像を検証した唯一の貴重な資料・現行の軍刀外装の疑問点を考察した書。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。三遊落語八笑人 三遊亭円朝編 晴方 芳年等挿絵。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。董其昌 翰香館 拓本 法帖 経折本 検索:王右軍 柯羅版 玻璃版 支那 原拓片 北魏碑帖 法書道 印譜 漢籍善本 古墨拓 碑刻石瓦当 金石篆刻 唐本。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。@1937年 土匪村行脚 初版 検索: 支那 生写真 中華民国 軍閥 国民党軍 古建築 流民 総督府 憲兵 白黒写真 巡捕 租界 洋行 偽軍 馬賊 満洲国。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。石川丈山『覆醤集』(上下巻揃 合本1冊)寛文11年林庄五郎開版 漢詩集 江戸時代和本。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。☆E0007和本江戸天明2年(1782)序儒者随筆写本「駒谷芻言」1冊/松村梅岡/古書古文書/手書き。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。書簡 木村武山 田所登 宛 軍事 資料 友部航空隊。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
「心寧累自息」《心寧(やす)ければ累(るい)も自(おのずか)ら息(や)む》という漢文の篆書印が押捺されている。明治廿七八年・日清戦史・2冊/参謀本部/旅順半島の作戦・旅順口の攻略・旅順半島清国軍の行動・軍の後方及内地に於ける施設/日清戦争。言葉の意味は、「心安らかならば煩(わずら)いも自然に消える」である。土佐秀信画『増補仏像図彙』(2冊=巻2+巻5)寛政8年 上田卯兵衛他刊 江戸時代和本 仏教美術 仏画集。この漢詩は「白氏文集」に由来するものです。並木舎五瓶(初代並木五瓶)著『誹諧通言』文化年間刊 江戸時代和本 洒落本 吉原遊郭ほか花街・遊郭・花魁・遊女に関係する語彙集。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。★A13和本文政11年(1828)栃木古記録「日記(仮題)」1冊/天気/古書古文書/手書き。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。河鍋暁斎・小林聖湖挿絵多数入 中村頼治増補『頭書増補 絵本太平記』(13冊セット)明治16年東京同益出版社刊 一部彩色木版画入。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。★0390和本江戸元治2年(1865)「五家失徳」全1冊/徳川斉昭/水戸/古書古文書/手書き。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。書画鑑定指針 落款 印譜 検索: 書道 印存 封泥 篆刻 石鼓文 篆字 朱印 羅振玉 花押 支那 印章 雅印 遊印 法帖碑帖 拓本 古墨 珂羅版 鐘鼎文。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。伊勢門水自画賛幅 高砂末広 伊勢門水。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。曲亭馬琴著 渡辺小華他画『羇旅漫録』(全3冊揃)明治19年 須原鉄二刊 明治時代和本 紀行随筆集 京都・大阪案内。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。絵図(城郭図) 茨城県 常陸國 土浦城(レターパックライト発送)。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。即決 天文暦学書、明治期和本1883~1897(明治16~30)年16冊合冊『太陽暦 略本暦 おばけ暦』八卦、卜占、陰陽師 、二十八宿、略本暦。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。樗良自畫賛雪中山水圖 三浦樗良。撮影後、展示のために再表装をしております。森鴎外『審美新説 全』明治33年 春陽堂刊(初版本) 明治文学 明治時代和本 美学論 哲学論。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。伊勢門水画賛幅 狂言円形画 伊勢門水。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。福田栄造編『銅版絵入懐中東京案内 二編』明治10年同盟舎出版刊 明治時代和本 銅版画挿絵多数。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。HH-5449 ■送料無料■ 芸州藩射芸書 天地人 全1帙3冊揃え 昭和12年 日置流弓道 武術 和書 古本 古書 古文書 戦前 レトロ 書籍 /くJYら。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。■『狙日第五列』山中峯太郎著。昭和15年初版帯。帯付稀本。同盟出版社刊。■猶太(ユダヤ)國際陰謀の基底を小説化。。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。饗庭篁村旧蔵書 岡田挺之(岡田新川)『秉穂録』(全4冊揃)寛政7~11年 永楽屋東四郎刊 江戸時代和本。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。【希少】講談日露戦争記第十五 奉天占領 神田伯龍講演/丸山平次郎速記 中川玉成堂 明治38年【ta04b】。額縁は新品です。長野義言(長野主膳)『活語初乃栞』弘化3年跋刊 井伊直弼に仕えた近江彦根藩士・国学者 江戸時代和本 活語初の栞。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。1928年 女官 女房 装束 服色図解 検索:武家 武道 武具 装身具 馬具 兵器 武器 刀剣術 木版画 兵法 兵書 傳書 戦陣 甲冑鎧兜 弓矢 弓道 支那。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。1937年 剣道教程 陸軍省検閲 検索:武道 武具 装身具 馬具 兵器 武器 刀剣術 武術 範士 兵法 戦陣 甲冑 鎧兜 弓矢 弓道 支那 武士道 殺人剣。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。画本拾葉 3冊合本 雪蕉斎 寺井重房 検索:支那 唐本漢籍 書道 唐画譜 朱印譜 落款 木版刷 木刻 印存 金石 篆刻 印社 肉筆 張瑞図 漢文 漢詩。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。弓道伝書/弓術伝書/日置流・小笠原流・吉田流/和装本/昭和11年。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。1940年 兵器考 検索:武道 武具 装身具 馬具 兵器 武器 刀剣 刀術 剣術 範士 兵法 兵書 傳書 戦陣 甲冑 鎧兜 弓箭 弓道 支那 武士道 殺人剣。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。菊池幽芳著 鏑木清方画「毒草」(合本全2冊)大正5-6年に大阪毎日新聞に掲載された連載小説切抜。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。口称三昧修習録 金剛寺・法上述。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。伴信友(写) 伊勢貞丈『鳴弦蟇目考』享和3年 鳴弦(弦打)蟇目に関する考証書 江戸時代和本(写本)有職故実。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。地熱 渾大防小平。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。即決 『星学図彙=スミス図解天文学』太陽系 宇宙、星図、アンティーク、天文暦学書、和本Astronomy, star map, Planisphere。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。一柳春門(村田春門)『牽牛花百首』文政7年 多豆舎蔵版 本居宣長に学んだ国学者 朝顔を題材とした歌集 江戸時代和本。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。支那事変郷土部隊写真集・両角外部隊戦況と銃後の実況/昭和13年/両角部隊の勇戦を中心に一般部隊戦況と銃後の実況につき一書を刊行。母は後水尾天皇皇女女二宮。太田柿葉『出雲民藝紙の由来』限定300部 昭和20年 安部栄四郎特漉の手漉和紙59枚貼込 島根民芸会岩坂支部刊 柳宗悦 民藝運動。実母は近衛家女房(瑤林院)。軍事資料 兵営図 銅版画★「近衛歩兵第一旅団兵営之図」明治29年9月発行 明治18年設置 著作者 東義道。幼名は多治丸。満州土産写真帖/大正3年/満州地図/大連埠頭の全景/大連の満鉄本社/満鉄の急行列車/旅順停車場/旅順の歩兵連隊/遼陽の歩兵隊/奉天の宮殿。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。明治45年 外務省通商局 移民調査報告。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。柏木如亭集 覆(和装6冊)/載(年譜・解題ほか)。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。古文書 書簡 安島帯刀 重国賢兄宛て 水戸藩 家老 安政の大獄 切腹 変名 梅東 歴史資料。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。海豹と雲 北原白秋。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。金松堂開板引札 『釋迦八相 倭文庫今樣寫繪』 明治五年五月。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。日本甲冑考 1942年 限定1500部 武道 武具 装身具 剣道 兵器 武器 剣術 刀術 兵法 傳書 弓箭 兵書 弓道 支那 武士道 殺人剣 活人剣 鎧兜馬具。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。改訂増補 大武鑑 輸送箱付  3冊 橋本博  江戸時代 大名家。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。【推薦・繊細 明治期 彩色木版画】大日本史事畫集等検合戦国武将軍記武者絵入天皇仏教浮世絵本仏像歴史古書籍骨董品錦絵朝廷中国朝鮮歌舞伎。


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